477: 名無しさん@ピンキー 2013/09/20(金) 23:45:09.91 ID:CIdnyEk2
皇紀2601年、マレーとハワイの同時攻略。
それは世界に対し、我が皇国が牙を剥いた瞬間。
…に、なるはずだった。
我らが帝国海軍の奇襲部隊は、洋上で謎の敵艦隊と遭遇。辛くもこれを撃破するも、任務未達成のまま帰還。
しかし。彼らが攻撃するはずであった真珠湾は、正体不明の艦隊による砲爆撃により、奇しくも既に壊滅していた。
国籍不明の艦隊は太平洋の至る所に「発生」。手当たり次第の船舶攻撃を行い、南方の島々は孤立する。
燃料と資源を渇望する我が国と、シーレーンを確保する海軍技術力を求めた南太平洋諸国の思惑は一致。
そこに大東亜共『海』圏――奇妙な共闘体制が整う。
環太平洋だけではない。世界各国は持ちうる力を総動員し、軍縮条約を破棄、自衛のための海軍力を急ピッチで育て始めた。
後に世界海戦と呼ばれる、奇妙な戦争の幕開けである。
そして、一年が過ぎた。
「あぁホコリっぽい…こんなところ当直も掃除しないんだなぁ」
神棚の掃除。軍艦にはたいてい、司令室か作戦室に神棚がある。戦艦空母になると神社まである。
掃除は駆逐艦の艦長代理の仕事ではないような気もするが、でも他にやれることもない。
艦船幹部は陸の基地に急に呼び出されて帰ってこないし、本土の港の外れに係留されたまま既に三日。
いちおう海軍学校卒とはいえ、僕みたいな若造に艦を任せたままという神経が分からない。
やり手と知られる新提督の方針なのか、今回の戦争はこういうところが割とテキトーである。
「忙しいのは分かるけど――っと」
脚立から飛び降りる。掃除完了、完全勝利S(キラリーン)。
乗組員は最低限の人員を残して陸に揚げてしまったから艦は静かだ。僕も寝所は陸に手配してある。
さて、次。艦長室の抽斗から目当ての書類を発見して、慣れないペンで記載を埋めてゆく。
首をひねりつつも何とか終えて捺印し、艦を当直に任せて煉瓦造りの将官寝所に戻った頃は、深夜になっていた。
久々の波に揺れない寝台に身を預けて、二階の窓から暗い海と艦を見下ろす。
――機密ではあるが、大きな犠牲を払って敵の駆逐艦を鹵獲したことがある。
しかし艦内には敵影はなく、その船ははるか以前から航行不可能なレベルに風化していたようであり、要所に「土」が詰まっていたという。
航空機型の「何か」は撃墜しても一瞬で消えてしまい、原型を留めない。
それはまるで――海底から復活した、幽霊の軍隊であるかのようだった。
敵艦だけじゃない。
帝国海軍の軍艦搭乗者の間に、「女の幽霊を見た」という噂が最近多い。
あるものは神社で見るような巫女姿、あるものは女学生のような海軍白服姿。それも決まって女性だとか。
外したはずの発射弾が命中したとき、逆に命中コースのはずの敵弾が外れたとき、彼女たちは一瞬見られることがあるという。
敵艦も幽霊、味方艦にも幽霊、これではまるでこの戦争は――
…寝よう。代理かつ暇とはいえ、軍艦を一隻預かる立場。寝不足は望ましくない。